インタビュー:ビクトリノックスな人々 作家・小説家 安倍譲二
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南米の冒険で役立った缶切りと小ブレード。
あなどれない凄いやつ。

小さなブレードにこそ文化あり

 

餞別にもらったビクトリノックス。
 1969年頃、ぼくが南米に出かけることになったとき、サバイバル経験のある友だちから餞別にもらったビクトリノックスが最初の出会いです。「ライターならジッポ、ナイフならビクトリノックスを持っていれば、役に立つ」と。そのアドバイスどおり、見事に役に立ちましたね。 当時、ブラジル陸軍の柔道師範を務めた日本人が、任期を終えて帰国する前にアマゾン奥地に出かけ、ボリビアの国境地帯でインディオに捕らえられた。インディオは狩りや漁はぜんぶ午前中に済ませて、午後いっぱいその分配に費やす。割り算のできないかれらにとって、どのように公平に分配するかは大仕事で、狩猟以上に骨の折れる仕事だそうです。日本人柔道家は、それをいとも簡単にやってのけた。それを見てインディオはびっくり仰天。柔道家を捕らえて檻の中に入れて、彼の子孫を作れば、村はさらに豊かになるに違いないと思ったそうな。
危険な仕事は安部に頼め!
 ある日、日本人柔道家が村にやってきた商人に助けを求めるメモを手渡し、それが日本大使館に渡った。そこで事態が明るみになった。なにしろ、そのインディオというのは首狩り族として知られるヒパロ族。おまけに胴回りが人の背丈ほどもある大蛇アナコンダやオンサ(ジャガー)もいる密林地帯。こんな危険な仕事をやれるのは安部しかいないと、ぼくに白羽の矢が立ったわけ。 結局、救出に半年ほどかかりました。同僚を一人亡くしましたし、ボリビアの内戦に巻き込まれ、命からがらブラジルとの国境地帯に逃げ込み、すんでのところで難を逃れました。この事件の顛末は小説『黄金の悪夢』(祥伝社)に詳しく書いていますので、興味のある人は読んでみてください。
海外逃亡中の筆者

1970年、
ビジネスマンでもあった

 

大は小を兼ねない。
 この冒険でビクトリノックスの便利さが身にしみましたね。当時のはいま使っているものより重くて、厚みがあった記憶があります。缶切りが便利だったし、一番感激したのは小さいほうのブレード。普通なら大きなブレードをつけたら、何か別のツールをと考えるでしょ。ところが、わざわざ小さなブレードをつけている。刺さったとげを抜くとか、はがれた爪の手入れをするとか、小さいブレードしか果たせない機能がある。この場合、大は小を兼ねない。そのことを、設計者はしっかり把握しているんでしょうね。
小さなブレードは文化そのもの。
 十分酷使したのに、一つ一つのツールにどこもガタがこないこと。ナイフや缶切りがついていて、少しもガタがこないというのは凄いことだね。いったいどうやって作っているのか、ぜひこの目で見たいものだね。最初はこんなもの(失礼!)おもちゃだと思っていたら、ちゃんと使える。大したもんですよ。なかでも小さなブレードはよくできています。使い捨ての時代に、このつくりの精巧さは貴重ですね。歴史のあるものは、当時の人がしっかり考えたからいまに残っているんですね。なまじっかな知恵じゃないですよ。これは文化です。
子どもは道具にあこがれた。

 子どもの頃、目覚まし時計はキンツレ、刃物はゾーリンゲン、そういうものにあこがれたね。ビクトリノックスもその一つです。自動車屋のショーウィンドウーをわくわくして覗いてみたし、文房具屋と荒物屋はよく行ったなあ。店のおやじも、子どもが商品の前に立っているのを別段追い払おうとせずに鷹揚に構えてくれた。近頃の子供は刃物を持たないし、母親は指を切るから危険だと持たせない。暴論かもしれないけど、日本を悪くしているのは母親ですね。そして、母親に迎合する父親ですよ。いま、小学生が鉛筆も自分で削れない。削ったことのない子どもがほとんどですって。

古武道を習おうかな。
 この前、手裏剣の先生に会って興味深い話を聞きました。手裏剣は、流派ごとに形も投げ方も違うんだって。なぜか。それは、相手に放った手裏剣が逆に相手によって投げ返されないように、自分の流派の手裏剣しか投げられないようなバランスになっているからとか。他人の手裏剣は拾って投げ返されない。すごい教訓でしょ。ぼくも、その話に感激して、古武道の先生に弟子入りしようかなと真剣に思いました。いまからでも遅くないかな(笑)。
愛猫ウニのためにタバコもやめました
  
『黄金の悪夢』 『塀の中の
懲りない面々』

安部譲二(あべ・じょうじ)
作家・小説家。1937年、東京都生まれ。50年麻布中学に入学。54年慶応高校に入学するも翌年除籍。60年保善高校定時制卒業。日航客室乗務員、クラブ経営、競馬の予想屋などの多彩な職をへて、1986年『塀の中の懲りない面々』で作家デビュー。以来、歯に衣着せぬ言動でファンも多い。『男の条件』(ごま書房)、『塀の中から見た人生』(山本譲司氏との共著・カナリア書房)など多数。
http://www.abegeorge.net/
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