インタビュー:ビクトリノックスな人々 アルピニスト 野口健
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植村さんが愛用していたキャンパー

植村直己さん愛用のキャンパーをお守りに。いま、試される「生きる力」。
植村直己さんとの出会い。
 立教英国学院で停学になっていた時期に、植村直己さんの著書と出会いました。植村さんは、マッキンリーで消息を絶つ直前に、アメリカのミネソタの野外学校で子供たちに話をします。「いいかい、君たちはやろうと思えばなんでもできるんだ。僕と別れたあとも、そのことを思い出してほしい」(『マッキンリーに死す』長尾三郎著/講談社)。この言葉が、ぼくの人生の前途を開いてくれました。
世界で一番慕われている登山家。
 植村さんが最後にヒマラヤに挑戦してからだいぶ年月が流れました。いまでも、ネパールのシェルパ村では、村人たちの間で「ナオミ、ナオミ」と慕われている。毎年、世界中から登山家がヒマラヤに大挙して押し寄せるし、ある意味、植村さんより実績のある登山家もいます。でも、シェルパの人たちの口から出るのは「ナオミ」なんです。世界広しと言えど、植村さんほど現地の人に愛されている登山家はいないのではないかと思います。
現地の人とどのような関係性を持つかが大事。
 植村さんは、エベレストに登る前に村に入ってシェルパと一緒に生活する。イヌニットの村では、植村さんもアザラシの生肉を食べる。なかなかできることじゃありません。植村さんは、地元の習慣や文化には必ず意味があると考えてそうしていました。実は、アザラシの生肉には歯茎から血を出して死んでしまう壊血病を防ぐビタミンが含まれているので、野菜の取れない地域では貴重な栄養源なんです。ぼくもシェルパの村で、ヤクのバターを入れたチベットの紅茶をいただきます。正直言って、おいしいとは言えない(笑)。しかし、塩分に脂肪分やたんぱく質など、高地生活に欠かせない栄養素、カロリーが含まれている。体があったまるし、汗が出る、非常に理にかなった飲み物なんですね。
犠牲になったシェルパを補償するシェルパ基金。
 植村さんは一緒に生活したこともあり、何よりもシェルパを大事にしたそうです。凍傷で手足を失くしたシェルパを植村さんはひそかに支援したそうですよ。ヨーロッパの登山隊の中には、悪天候の中、自分たちはテントで待機しながらシェルパには無理に荷揚げさせる隊もあったそうです。それがいまだに世界各地で慕われている植村直己さんの人格を象徴しているんだろうと思います。登山家としてよりも、人間植村直己は、ぼくの中で目標になっています。2001年には、ぼくは日本隊に参加し遭難したシェルパの遺族を補償するためにシェルパ基金を設立しました。
最低限の機能でシンプル

「富士山から日本を変える」清掃登山
エベレストでの厳しい高地生活

エベレストでもゴミ問題は深刻
「ちゃんと帰ってきなさいよ」
 植村直己さんに直接お会いしたことはないのですが、奥様の公子さんを通じて植村さんを肌で感じることがあります。スポンサーがなかなか決まらず、同じ悩みを抱いていたとき、公子さんに言われました。「なあんだ、同じこと言ってる、あなたたち」。エベレストに行くときに、前夜、公子さんちに泊まりにいくんですよ。それでそばとお漬物を食べる。植村さんもそうしていたらしい。公子さんは別れ際に「ちゃんと帰ってきなさいよ」と言ってくれる。植村さんにそう囁いたように。
お守りみたいに大事にしています。
 1993年の三度目のエベレスト挑戦のとき、いよいよ追い詰められたぼくに、公子さんがくれたのが、植村さんが愛用していたビクトリノックスのキャンパーです。北極圏かそのあたりに行ったときに、キャンパーを2個買って、1個は自分が持って、もう1個は公子さんに渡したという思い出のビクトリノックスです。キャンパー。これ、ちょうどいいサイズなんです。最低限の機能でシンプルで、ポケットにも入る。普通は紐の先を結んで首にかけるでしょう。植村さんはそうしないで、両端を火で溶かしながら結合させる。結び目をつくらないやり方で、植村さんが非常に細かい性格だったことがこれをみても分かりますね。
「生きる力」が試される環境学校。
 いま、全国の小中学生を対象に全国で環境学校を開催しています。森に出かけていってキャンプして、植林する。自然とのふれあいを持ちます。子供たちに接して思うのは、ナイフものこぎりも、道具はまるで使えないということ。そこで、わざとナイフを使わせます。ちょくちょく指先を切ったりしますけど、別に死にはしないし、危ないということを教えることも必要なんです。危ないから山や海に行くのはやめろというのと同じで、危ないからやめなさいというのは子供たちのためになりません。小笠原でシーカヤックを教えています。シーカヤックはひっくり返ったら元に戻らないから脱出方法をまず教える。カバーを外して体を水中に抜け出す方法を浅いところで散々練習します。で、シーカヤックをひっくり返す。すると、生徒のうち半分は脱出できるんだけど、半分はシーンとしている。暴れることもしない。何やってんだろうと水中メガネをかけてみると、パドル持ったままでじっとしている。あわてて引っ張り出すんですけど(笑)。脱出する子、フリーズする子、その差は何か。生きる力が自然の中で問われているんです。
子どもたちに自然とのふれあいを

エベレストにて

野口健(のぐち・けん)
アルピニスト。1973年、外交官を父にアメリカ・ボストンに生まれる。中学・高校は立教英国学院。1992年、亜細亜大学入学。1999年、エベレスト登頂。七大陸最高峰最年少登頂記録達成。2001年、小中学生対象の体験型の野口健環境学校開設。2003年、富士山クラブ・杜の学校校長就任。2004年、東京都レンジャー名誉隊長就任。主な著書に『100万回のコンチクショー』『落ちこぼれてエベレスト』(集英社)、『あきらめないこと、それが冒険だ』(学研)、『確かに生きる〜10代へのメッセージ〜』(クリタ舎)など。
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