インタビュー:ビクトリノックスな人々 田部井 淳子
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紐をつけて首からぶら下げる

人間は歩く動物、その楽しみの延長線上に山登りがあります。
首からぶら下げるのが私たちのスタイル。
 1975年、世界最高峰エベレストに女性として初登頂しました。そのとき、隊員全員にビクトリノックスの携帯を義務づけました。せっかくのビクトリノックスもザックの中だと役に立たない。ズボンのポケットに入れていたため、なだれに遭ったとき取り出せなかったという記録を読んで、これを教訓に、私たちは細い丈夫な紐をつけてナイフを首からぶら下げることにしたんです。夜もぶら下げて寝ているんですけれども、探さずにさっと取り出せるのが一番のポイントで、さらに軽さが重要です。
私もなだれは3回ほど体験しました。実際になだれの下敷きになると、雪の重みで手が自由に動かない。真っ暗な中でナイフをまさぐって、歯でこじあけてナイフを取り出し、テントを切ろうとしました。幸い、仲間が助けに来てくれたので最悪の事態は免れましたが…。
たとえ便利なものでも重いものは敬遠。
 山では軽量化がとても大事です。だから山に登るときは、ナイフだけのほうがいい。ナイフ一本あれば、たいていのことができます。見ている人はウワーって驚くんですが、ナイフでご飯も食べられます。コーヒーとか紅茶を混ぜるのも。2004年、久々に古い仲間とボリビアの山に行ったのですが、やはり首からビクトリノックスを下げていて、まったく変わらないなぁと懐かしい思いがしました。便利なあまりいつも身につけていますが、最近では飛行機に乗るときに、うっかり持ち物検査に引っかかって何本とりあげられたことか。
下準備のたたかい。
 登頂の成功はいかに準備を整えるかにかかっています。登頂のその一瞬の喜びのために、何年もかけて下準備をする。エベレストのときは1400日かけました。それで入念に揃えた15トンあまりの荷物を、船や車で運んで、つぎに馬やヤクで運んで、さらにシェルパが担いで、私たちも背負う。だから、軽量化とのたたかいです。トイレットペーパーは芯を省く。食料は外箱も内部の袋も取り除いて1グラムでも少なくします。1953年初登頂のとき酸素ボンベは1本13.5キロでしたが、1975年私たちが使ったのは7キロ。それが今では3.5キロです。30年前エベレストの時は装備全部身につけたら、10キロくらいありましたね。ポールも昔はすごく重かったですよね。アルミ製になって驚いていたら、いまはチタンですものね。
きれいになった富士山。
 人が行けば山は汚れる。人口問題と環境問題は基本的に同じです。「持ち込んだ荷物は必ず持って帰りなさい」と言ったのはヒラリー卿です。そもそも清掃登山が必要だということは、その分荷物やごみを山に置いてきていることです。かつては富士山もひどい状態でした。缶やあめの紙だとかたばこの吸殻だとか、軍手から手ぬぐいまで、いろんなものが落ちていましたが…、いまは本当にきれいです。私がある雑誌で指摘したことがきっかけになったかもしれませんが、山小屋や自治体、NGO、愛好家のみなさんの努力によって、いまは本当にきれいになりました。登山者のマナーも向上しましたし、意識も高まってきています。どの山も、改善されつつあると思います。
生きていることを実感するために。
 いまも、その国の最高峰を登ることを目標に山登りを続けています。私にとってはエベレストのような高い山でなくても里山と呼ばれる山でも楽しいし、なかなかいいですよ。落ち葉を踏みしめていくと、いろんな風景が見える。冬、木が茂っていたときは見えなかったものがこずえ越しに見える。自然の中にいることだけでもほっとしますし、季節感が味わえます。生きてることを感じさせてくれるんですよね。
自分で全部やらなきゃいけない。判断もしなければならない。そういう意味では人間が持って生まれた能力を働かせてくれるのが山です。二本の足で歩けるという幸せ。その延長線上に山がある。日常生活のありがたさとか、そういったものに感謝する気持ちというのも自然にわいてきて、人にも優しくなれる気がします。

2002年 アシニボイン
1998年 天山山脈 ポベーダ峰

2002年夏 カナダのアサバスカ頂上(3491m)にて
ガイドのBarryさん(有名ガイド)と

2004年10月 巻機山(まきはたやま)山頂

田部井淳子(たべい・じゅんこ)
1939年、福島県生まれ。1962年、昭和女子大英米文学科卒業。1975年、世界最高峰エベレストに、女性として初登頂。1992年、女性世界初の七大陸最高峰登頂者に。2000年、九州大学大学院比較社会文化研究科修士課程修了。現在も年7〜8回海外登山に出かけるかたわら、山岳環境保護団体、日本ヒマラヤン・アドベンチャー・トラスト(略称:HAT-J)の代表として、山岳環境保護の啓蒙活動などに奔走。主な著書に『山を楽しむ』(岩波新書)、『はじめての山歩き』(文化出版局)『エベレスト・ママさん』(山と渓谷社)ほか多数。 http://homepage3.nifty.com/jtabei/
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