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オレが最初にビクトリノックスを見たのは小学生のとき。近所の兄ちゃんに連れられて防波堤に釣りに行ったときです。その兄ちゃんが使っていたんスよ。ポケットからビクトリノックスをさっと取りだして仕掛けをつくったり。ナイフもハサミもついていて、すごいナイフがあんるだなあって子供心に思いましたね。すると、ある日、「やるよ」ってあっさりプレゼントしてくれたんです。うれしかったスね。それから自分一人でも釣りに行くようになって、いつもビクトリノックス持ってお気に入りのポイントに通いました。奄美大島は防波堤からルアーでカツオが狙えるんですよ。 |
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中学に入ってすぐサーフィンを始めました。最初は兄が連れていってくれましたが、すぐに兄を追い抜いて。オレ、6人姉弟の一番下なんスよ。こっちは遊ぶといったら山か海かどっちかです。やっぱ海スよね。で、毎日通ってサーフィンしましたね。この手広海岸で。毎日来る日も来る日も練習しましたね。バスしかないんですけど、父に内緒で母がこっそり車で送り迎えしてくれました。ボードは自分で買えませんから、貸してもらって大事に大事にして海に入りましたね。
そしたら、1年目でなんと全日本ボーイズの部で全国3位に入賞したんです。いきなりスポンサーがついて、ボード使っていいよって。だから、オレ、いまだに自分でボード買ったことないス。 |
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全部で50〜60本くらい持ってますよ、ボード。好きなのは細くて薄いのですね。一回乗れば、自分の肌に合うかどうかすぐに判りますよ。道具ってそういうもんじゃないですか。ポケットナイフもそうじゃないですかね。以前、別のメーカーのを使ったことありますけど、重いばかりでなじめなかったです。ビクトリノックスみたいにいろいろなものがコンパクトにまとまっていて使いやすいのって、そうザラにありませんよね。いつも携帯してましたよ。海外遠征や撮影ロケで出かけるときもね。あるとき、モルディブの海でボートトリップやったんです。一日中、ボートで暮らすから、ハサミ、ナイフ、缶切り、ウロコ取り…、なんでもあるビクトリノックスって超便利なんスよ。で、ついうっかりして何かの箱の上に置いていたビクトリノックスをはずみで海に落っことしちゃったんスよ。なくしてから初めてありがたみが分かるってことですね。その後は超不便だったスよ。 |
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普段はフィンのネジを締めたり緩めたりするのに使います。フィンを取り外すと、何本もボードをスタッキングできるでしょう。それに、別のフィンをつけて試したりもできる。マイナスドライバーだと、ポケットに入らないでしょ。ズボンが傷むし、ケガするかもしれないし。その点、ビクトリノックスは使い終わったら折りたたんで安全に持ち歩けるところがいいですね。だから海にくるときもビクトリノックスが欠かせないです。いろいろな道具を持ちたくないしね。スポンサーからのステッカーをボードに貼るときも使いますよ。ここ手広海岸では、月に一回サーファー仲間で海岸の掃除をするんです。そんなときもビクトリノックスが何かと役立ちます。 |
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得意はエアリアル。空中でジャンプしてパフォーマンスを競う種目です。瞬発力とパワーが要るんです。オーストラリアのミック・パニー(21)という選手は魅せるサーフィンをするんです。オレの目標ですね。でも当面は全日本のグランドチャンプをとることです。いま日本のJPSAに登録しているプロ選手が約500名くらいいますが、その頂上に立つということですね。1年にチャレンジリーグが6戦、プロリーグが6戦あって、チャレンジリーグの上位16選手がプロリーグに入って、トップ48の中で戦うんです。2002年はアメリカ行きの予選を兼ねたVQSという大会で優勝したし、2001年はアジアランキングでも5位に入りました。もっともっと強くなりたいス。ここ手広海岸がホームグラウンドで、時間があったら海に入って、練習、また練習ですね。夏には、つい目と鼻の先にイルカが遊びにきますよ。 |
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| 森哲太(もり・てった) |
| 1982年、鹿児島県奄美大島生まれ。中学生のときアマミサーフクラシックで優勝。全日本ボーイズの部で全国3位に入賞し注目される。その後、96年西日本サーフィン選手権(ボーイズクラス)優勝、1997年全日本サーフィン選手権(ボーイズクラス)優勝、1999年ジュニアサーフィン世界選手権(U-18)20位、2001年JPSAプロアマ9位、プロに転向。2002年QSエアリアル世界コンテスト13位、VQSエアリアルコンテスト優勝。 |
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