インタビュー:ビクトリノックスな人々 作家・作詞家 松山猛
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ビクトリノックスは相手に幸運を、1サンチームは自分に幸運を。

この中にヨーロッパの生活がある

小さな頃から舶来ものに囲まれて育った
友だちにうらやましがられたヨーロッパ製。
 ぼくが、初めてビクトリノックスを手にしたのは大人になってからです。もう、20年以上昔になりますかね、確かスイスに旅していた頃だと思います。でも、ぼくの意識の中では、出会いのルーツは、子どもの頃、父からもらったのがヨーロッパ製のナイフでした。戦後まもなくの時代でしたから、たいていの幼友達は、ナイフを持っていても肥後守(ひごのかみ)と呼ばれる折込式で安っぽい鉄製のものがほとんどでした。ところが、ぼくのはぜんぜん違う。ずいぶんうらやましがられたのを記憶しています。父からナイフをプレゼントしてもらうということ。実際はまだガキにしか過ぎない子どもにとっては、それは特別の意味を持っていたように思います。まだ大人ではないのだけれども、大人への匂いづけというか、おまえも大きくなったなあ、そんなメッセージがこめられていたのではないでしょうか。そういえば、自転車もラージというイギリス製でしたね。絵の具屋を営む大正生まれの父は、舶来物が大好きで、家の中には当時の日本人がうらやむような品々があふれていました。実は、ぼくもこの父の影響をたぶんに色濃く受けて育ちました。
ものづくりへの情熱とスイス。
 やがて時計やカメラの取材で何度もスイスやヨーロッパの国々を旅行するようになって、いくつものビクトリノックスを愛用するようになりました。いちばん古いものはホント20数年前のもので、家捜ししたのですが、ちょっと見当たらなくて。今日は、仕方なく別のものを持参しました。アーミーナイフで記憶に残るのは、パリの蚤の市で見つけた柄に骨の象嵌細工が施してある珍しいものでした。ずいぶん使い込んだものらしく、歯が欠けたりしていました。ナイフ好きの友人に見せたところ、またまたうらやましがられましたね。コレクターにとっては、垂涎物だったのかもしれません。ヨーロッパの手仕事と国産のそれとでは、どこが違うか。やはり生活習慣の差というべきかな。われわれ日本人には思いつかないようなツールがついていたりしますね。コルク抜き、ツースピック(爪楊枝)、せん抜き、缶切り、ピンなんて、一般的かもしれないけれど、こうしたツールの向こうにヨーロッパの暮らしというのがのぞき見えたりしますよね。ビクトリノックスを持ち歩くということは、大げさにいえばヨーロッパの生活を持ち歩くことなんだと。
中華街のお気に入りの店の前で
プレゼントにまつわるいい話。
 ホテル暮らしが長くても、ビクトリノックスが1本あれば、不自由しませんしね。1本伸びたひげはハサミで手入れしたり、カメラや時計の中をのぞいたり、部品を外したりするのにも使います。あ、そうそう。おもしろいと思ったのは、向こうの人はプレゼントの箱の中に1サンチーム(最小の貨幣単位)のコインをしのばせる習慣があるようです。プレゼントの品は相手に、そしてコインは自分に幸運がくるようにというおまじないみたいなものですが。聞いたところによれば、贈る相手との親愛の情を断ち切らないようにするために、刃物を贈るときにコインを入れて互いの関係をつなぎとめるようなのです。最近は廃れつつある習慣のようですが、スイスにはそうした伝統的なメンタリティが残っているようです。人をハッピーにしてくれる習慣はいいものですね。
ものづくりへの情熱とスイス。
 ぼくは、以前スイスのとある工場で刃を磨いている職人をみたことがありますが、手元にだけ柔らかな光が当たっていて、その刃先を見る男の真剣な表情に感動したことがあります。ものづくりの基本がそこにあると。これは何もスイスに限ったことじゃなくて、どの国でもいえることなんでしょうが、スイスのように山国で他に産業の成り立たない小国では、とくに真摯さが際立つのかもしれません。時計の世界では、一時日本のメーカーに脅かされた時期もありましたが、1985年くらいから機械式に自らのアイデンティティを再発見して、評価を取り戻しました。ビクトリノックスもアナログの最たるものですが、やはり真摯なスイスの職人気質の上に成立している魅力がありますね。時計と共通するものがあります。ぼくもここに生まれていたら、刃を磨く人生もいいかなと…。
最近リバイバルヒットしている
『イムジン河』は松山猛氏の訳詞

松山猛(まつやま・たけし)
1946年、京都市生まれ。グラフィックデザイン、フォークブーム時代の作詞等手がけた後東京に移住。雑誌編集者を経て作家、作詞家、趣味人として現在にいたる。代表作に「帰ってきたヨッパライ」などの作詞、最近注目されている「イムジン河」の訳詞でも有名。フジテレビ系「ワーズワースの庭で」「ワーズワースの冒険」レギュラー出演など。趣味人として知られ、現在日本における機械時計のご意見番でもある。
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