インタビュー:ビクトリノックスな人々 イベントコーディネーター 歩海 ミーガン
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エマージェンシーカプセルの
ついたキーホルダー

サリーとビンティをつけて
中3の冬、弟といっしょにインド徒歩縦断旅行を決行!
 「おれ、歩くわ」。中学1年(14歳)の弟ジェフリーが1994年のお正月に家族の前で宣言したんですよ。そう言っていきなり世界地図をひろげて、指さしたところがインドだったの。「私も行く!」といやいや渋っていた弟を説得しました。当時わたしは中学3年生(16歳)、学校を中退していたので、わたしにも転機がほしかったのね。こうして突然、インド徒歩縦断旅行は始まりました。母親は反対。探検家の父親は、ボディガード役と一緒に行くという条件付きで許してくれました。最初、インド北部方面 を歩く予定でしたが、選挙期間中は物騒ということで、インド南部のボンベイ―マドラス間1,450kmを歩くことになりました。お正月に決めて1月31日の出発。あわただしく準備が始まりました。そういえば、まわりの人もびっくりして、「やめとけ」と言われましたね。でも、二人とも言いはじめたらきかない性格で、わくわくしながらリュックやいろいろな携帯品を買いそろえました。
ほんもののビクトリノックスとの出会い。
 ビクトリノックスとの初めての出会い。それはボディガード役のUさんが持っていたビクトリノックスでした。わたしたちもホームセンターかどこかでまがいもののナイフを用意しましたが、現地に着いたらすぐに壊れてしまって。お金がなかったから仕方ないんだけど、安物はやっぱりだめだあと…、痛い目にあいました。Uさんのビクトリノックスは、それはそれは輝いて見えましたね。わたしとジェフリーは、いつも取り合いしていました。ナイフ、缶 切り、なんでも重宝しましたね。ちょっと珍しい使い方としては、弟がお年頃で顔にニキビが出て困っていたらしく、ピンセットをそのお手入れに使っていましたね。ニキビを潰したそのビクトリノックスで、リンゴの皮をむいたりして、使い方はまさに多種多様!(笑)旅行は結局4ヵ月におよびました。全距離を弛まず歩き通 したのは、弟でした。
インドマトラスにて
こわかった夜のこと、助けられたこと。
 危険なこともいっぱいありましたね。ある夜、ジェフリーがトイレ行ってくるといって、外で用を足した時のこと。「コラー、なにするんだー」と、暗闇の中からいきなり男たちが現われて、物凄い勢いで彼を囲い、胸元をもって殴りかかろうとしていました。いったい何が起こったのかと、Uさんはすっ飛んで行き、親しくなったインドの人が仲裁に入ってくれました。よく聞いてみると、弟は、地元のイスラム教の人たちが「聖なる樹」と崇める神聖な場所でおしっこしたということらしい。たしかに、暗闇の中をよーく見ると、そこにはちゃんと三日月と星の紋章が。仲裁に入ってくれた彼のおかげであやうく命びろいをしましたね。旅行中は、心細くなって何度も日本に帰りたいと思いました。ぼったくられるし、汚いし、人はやたら多いし。真剣に「もう嫌だ、二度とくるものか」って思いましたね。でも、日本に帰ってきて1ヵ月も経つと、なんだか又、行ってもいいかな、って思うんです。
 激しくケンカをした後に、友達と仲直りをしに行くように。不思議ですよね。
ビクトリノックスを持っている人とはなぜか気が合う。
 旅行中、いつも首のまわりに大事なものを吊り下げていました。シャツの中に入れて、人目にふれないようにね。そうしないと盗られちゃうんですよ。ビクトリノックスはよく盗まれると聞きますね。いいものだから。でもインドの時は笛とコンパスと、安物のナイフと、エマージェンシー・カプセル。それがわたしたちの全財産でした。エマージェンシー・カプセルとは緊急用のカプセルで、何かあったときのために、身元がわかるように、名前、年齢、血液型、連絡先などを書いた紙を入れておくんです。インド旅行から帰ったら、すぐに本物のビクトリノックスを買いましたね。それ以来、習慣になって、どこに行くにもビクトリノックスとエマージェンシー・カプセルを肌身離さず携帯しています。ほら、いまもキーホルダーにつけてるでしょ。お守りみたいなものかな。インドのほかにもメキシコとかアラスカとか、北朝鮮とか、旅は本当に好きだから、いろいろと行っています。どこへ行くにも、実感するのがビクトリノックスのよさ。実用的で丈夫で、自分に合っているから、愛着がある。カッコいいし。普段は貧乏上手なんですけど、これっ!て思う一品には、いくらお金をだしても構わないという気持ちです。これまでいろいろな人に出会ってきましたが、ビクトリノックスを持っている人って、たいてい気があうんですよ。個性的な人が多いし、価値観や興味が合うから、話しもはずむんです。
 
 本名は「あゆみ」ってひらがなで書くんです。「歩く」と言う意味で付けられたのですが、いつだったか、母と漢字あそびをしているときに「歩海」の漢字名が生まれたんです。「海を歩く、それだ」…一瞬のうちに感じるものがあって、すぐに気に入りました。
 生まれは岐阜県の土岐市です。近くに多治見、瀬戸があり、焼物の町ですね。父はイギリス人、母は日本人です。父は探検家でほとんど家にいない。日本語もできない。小さい頃は「ヘンなガイジン」とか思って反抗していました。父のことを尊敬できるようになったのは、大人になってからですね。ひょっとしたら、父はすごい人かもしれないって思えるようになりました。たまに会う時、朝方までケタケタ笑いながらお話したりしています。
弟ジェフリーとインドを旅をする

極寒のアラスカにて


歩海ミーガン(アユミ・ミーガン)
1978年、岐阜県土岐市生まれ。4年生まで地元小学校に通 学。イギリス、シンガポール、アラスカに留学。中学校3年生で学校をやめ、1年半後にアメリカの大学検定試験(GED)を取得。その間、弟(当時14歳)のインド徒歩縦断の旅について行く。1996年上智大学比較文化学部入学。2000年同学部卒業。名古屋の新ラジオ局、Radio−Iで1年弱働く。2001年株式会社三矢入社。現在の主な仕事内容:スピーチや原稿の翻訳、現場での通 訳、イベント・コーディネート。毎日が社会勉強。
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